葉音日記
 
  はじめに >>>
  事件の多い私たちの日常を、日記風につづっております。
優しくそよぐ葉ずれの音のように、皆様のお耳に届くと嬉しいです。
葉音がつづる、波乱万丈の日々、お楽しみくださ〜い!
 

2019.2.22>>>
光司さんは、よそ様の犬と小さい子供に(だけ)は、人気があります。お仕事がお休みのとある日、グレインのお散歩をしていました。時々、帰り道が一緒になる、顔見知りの小学生に、顔を指差されながら、「なんかなぁ、なんか普通とちゃうよなぁ?。なんか…デザイナー?みたいな顔してるよなぁ」
「えっ?一様、デザイナーやけど…」
「ひゃぁ〜ほんまぁ〜???」と、大絶叫!!「ほんまに、デザイナーやったん?なんのぉ?」
「えっ、家具の…」控えめに応えたのですが…
「かぁぐぅ??家具かよっ!!!!なぁ〜んやっ」感嘆の声は、一瞬にして、嘲笑の大爆笑にうってかわりました。小4女子とって、家具デザイナーは、デザイナーに在らず〜なんですってぇ?彼女たち曰く、デザイナーという職業は、服のやで!とのことでした。
いけてないお仕事してるんやぁ…まだまだ認知不足やねっ、木工系家具職人。そんな悲哀を抱えながらも、工房は、年度末を、一気に走り抜ける予定です。
工期が延長した物件もありますが、まったなしの目の前のお仕事を、とにかく確実に、仕上げていかなくては〜!!
事務方は、とりあえず、確定申告を終らせる事に専念です。

誠に勝手ながら、三月九日(土)十日(日)都合により芦屋イズデザインは、お休みとさせて頂きます。
どうぞよろしくお願いいたします。

 

2019.1.27>>>
17日が来る度に、胸が締め付けられる想いを抱く神戸の街。阪神淡路の震災から、四半世紀の24年が経ちます。駅って落ちる?高速道路が倒れたりする??ありえない光景が目の前に現れた時、町って、し〜〜んとするだけだったそう…。呆然と見つめ、言葉にならない静寂だけが、この世のすべてと化し、がれきの街は、現実という不条理に、ただただ包まれました。
歯医者さんの帰り道、六甲道の商店街で、震災当時の写真展があって、食い入るように、ボードを見つめる人々の輪に加わりました。見知った町名の写真ばかりが、時系列に並べられていたのですが、それらすべてが、がれきの山であり、焼け野原でありました。燃えかすみたいで朧げな建物の残骸が、当時、北海道から帰神したおりの私の定宿だった、お友達の家あたりだと脳が認識したとたん、鼻の奥がズンとして、眼鏡も曇り、居たたまれない悔しさがこみ上げてきました。
ワタシの大好きだった六甲の街並が、一瞬にして灰となって、たくさんの尊い命も同時に失われたあの日あの時のこと…ずっと側に感じて生きてゆこうと、実家全壊の神戸Uターン組の私としては、改めて写真を前に誓った次第です。
さて、これからの数年の間に、三宮も垂水も芦屋も、駅前あたりの開発が、ぐぐっと進むことが決定しています。
しばらくすると、今ある日常の行動範囲のすべてが、最先端のお洒落な街並にヘンシンしている事でしょう。ちょっぴり切ない思いもありますが、時代も人も入れ替わって、そして街も新しく、どんどん生まれ変わってゆくものですから、駅前ビル群の完成の日を楽しみに待ちたいと思います。大阪万博とともに、遠くに住む誰かが訪ねて来てくれて、素敵ねって、思ってくれるような街になればいいなぁと、心から願っています。
それから、先日、久しぶりに、納品の同行で、心斎橋に行ってきました。
(その昔の昔、夜の心斎橋には、よく遊びに行ったんだけどなぁ。わたしのうろついた辺りは、いったいどのあたりだったのかしらん。)
事務所物件の最後のカウンターチェアをご納品し、ぎりぎり引き渡しに間に合いました。すでにお納め出来ていたカウンターコーナーは、工房で見た時は、なんじゃこれっていうくらい、大きいなぁと感じていたのですけど、大きなフロアの一角では、ちょっとしたカフェスペースになっていて、それはそれで、落ち着く空間みたいになっていました。
実際、今までの経験上では、会社事務所の家具予算というビッグなプロジェクトは、なかなか個人の工房家具屋にまで、巡ってくることはありませんでしたので、あれもこれもと楽しいお仕事をいっぱいさせていただけたなぁと、とても光栄に思っています。いろんなご縁に恵まれましたこと、本当に嬉しい限りで感謝の気持ちでいっぱ〜い!!
従業員の皆様にも、イズデザインのどの子達も、どうか可愛がっていただけますように〜どうぞよろしくお願いいたします。
ひとつ終って、ホッとしたいところですが、納めきれておらずの家具達は目白押し…、新築のキッチンにもそろそろ取り掛からないとダメなんじゃない?って不安ももたげてきました。
インフルエンザが猛威を奮っているようですが、紅茶飲みまくって、体内から撃退しています。
ご心配をおかけしておりました光司さんの腰の方は、小康状態を保ちつつあり、痛みはあるけど、歩けるでっ!にまで快復致しました。良かったよかった。
 

2019.1.10>>>
年末ギリまで、必死のパッチで働いたにもかかわらず、結局は、元旦から工房で製作に励むという、すっごくダメダメな日本人化してしまっていた光司さんは、案の定、神サマの怒りをかったに相違ない…5日の日にとうとうダウンしてしまい、ベッドから起き上がれず…、ありゃまぁの悲惨な年の始まりです。
お尻から足先まで続く痺れも酷くなり、痛みも最高潮のようで、歩行も困難…トイレにもなかなか到達出来ず…足も冷た〜くなってました。
いつもポカポカの足先を、冷え性の私としては、羨ましく思っていたので…、こんなに足が冷たくなるってのは、血がちゃんと巡ってない証拠だと思われます。
光司さんが、動けないと、犬の世話も家の用事もすべて私がしないといけないので…、連日の大掃除に嫌気もさしていたワタシは…もう家出しょうかなぁ。って、マジで考えたほどでした。
仕事ばっかり人間は、アカンやつやん!とは思っているのですけど、それでも、そうもしないと間に合わないくらいのご依頼に追われています。
今やっている、心斎橋の事務所物件は、建具やら、カウンターやら、椅子にテーブルと、想定以上にたくさん頼んで頂いており…、個人的能力も、気持ちのうえでのガンバリも、たぶん限界をすでに超えてしまっているのでしょうねぇ。
なんとか期日に間に合いますよう、もうひと踏ん張りしてほしいのですけれど、最後の追い込みで、すべて完成できる?の?かなぁ。
今駆け込んでいる整体では、身体をマッサージしながら、若手の先生に、「ちゃんとご飯食べれてますかぁ??」って、みょうに憐れんでもらっているらしく…、確かに、光司さんの体重は、55~6kgしかないので、かなりの貧相な体型ですし…死ぬ間際のオバアちゃんを思いだすくらいのガリガリ度ですからねぇ。天の神様にも、もっと憐れんでいただいて、なんとかもう少し、お仕事頑張れる身体に戻れますように…ア〜メン、ソォ〜メンヒヤソ〜メン!
さて、どうなる、2019 イノシシ年。前途多難の日々ですけど〜なんとかなりますぅって、福々しく笑って、弱音は吐かず、背筋をしゃんと延ばして、張り切っていきたいと思います。
若い時は、働くだけ働いても、無理を通してそのまま動けましたけど、少しは、体調も気遣ってあげないと、アラフィフの寄る年波には勝てそうにもありません。
さて、まったく私の忠告などは聞く耳を持たずですので、諦めモード全開ではありますけれど…
グレインともども(カメのツンチャンもねっ)我がイズデザインを、本年もどうぞよろしくお願い致します。